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2006年10月14日 (土)

コトバたち3

久々に,カート・ヴォネガットを読み直しました.

ピース.

つきつめたところ、とくに大不況がつづき、自然資源と市場をめぐる新しい戦争が起きようとしているときに、青年たちがこんな信念を持ったとしても、どこがいったいおぞましいといえるのか? だれもが能力に応じて働くことができ、そして病人も健康な者も、若者も老人も、大胆な者もおびえた者も、才能のある者もない者も、それぞれの必要に応じて報酬が与えられるような世の中になるべきだ。もしわたしが、こんなことを考えたとしても、だれがわたしを病んだ心の持ち主呼ばわりできるのか? 二度と戦争の必要はない。それには、全世界の人民がこの惑星の富を支配し、自国の軍隊を解体し、国境を忘れさえすればいいのだ。そして、それから先いつまでも自分たちを、全世界の人民の兄弟姉妹であり、父母であり、子供であると、考えつづけさえすればいいのだ。そうした仲のよく慈悲深い社会からはみ出すのは、いつにかぎらず、自分が必要とする以上の富をひとり占めする人間だけだろう。
 そしていま、六十六という悲しい年齢になってさえ、いつかそのうち、地球にただ一つの幸福で平和な大家族、人類という家族が生まれる可能性を、依然として信じている誰かに出会うと、わたしの膝はへなへなになるのだ。もしかりに、きょうこの日、千九百三十三年当時の私に出会ったなら、わたしは憐れみと尊敬の念で恍惚となることだろう。

 というわけで、わたしの理想主義はニクソン・ホワイトハウスの中でも死なず、刑務所の中でも死なず、いちばん最近の勤め口、RAMJACコーポレーションで、ダウンホーム・レコード部門の副社長になってからも、死ななかった。
 平和と潤沢な暮らしと幸福が、なにかの方法で達成できると、いまでもわたしは信じている。よくよくのばかだ。
(中略)
 さて、このハーヴァード出身者は、自分の書いたすべての書類が、読まれもせずに、ほかのホワイトハウスの紙屑といっしょくたに裁断され、梱包されるだろうことを充分わきまえていながらも、なおかつ若者たちの言行について、脚注や、略歴や、補遺などをまじえた週間報告書を二百号あまりも作成した。しかし、それらの資料から引き出される結論は、その数年間にほとんど変わらなかったので、私としては毎週同じ電報を忘却の地(リンボ)に宛てて打っても、同じことだったかもしれない。その電文はこんなものになるだろうか---

 若者ハ世界ノ軍備全廃ト経済的平等ガ明ラカニ不可能ナノヲマダ認メヨウトシナイ 原因ハ新約聖書カ(原本参照)
 青少年問題ニ関スル大統領特別顧問 ウォルター・F・スターバック

-ジェイルバード/カート・ヴォネガット-

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