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2006年10月 9日 (月)

社会構成的ということ

世界は科学によって正確に捉えられるという直感(科学的実在論)を,もちろん擁護したいが,しずらくなっている今...

社会構成的ということについて,考えてみる.

社会構成主義は,自然で当たり前で実在的だと思い込んでいたことが,実は人と人とのやりとりや権力関係の中で社会的に構成されたものにすぎないということを暴露した.

おおむね社会・人文科学には当てはまるが,これを自然科学に当てはめようとすると,俄然,反発が起きる.

反発の中で,必ず持ち出されるのが,ニュートンの万有引力の法則などの基本的法則をどう考えるかだ.

(見た目)物はずっと落ちてる.有史以来,いや地球のはじまりからそうだったんだろう.そんなことは疑っていない(あるいはどうでもいい).問題はそんなところにはない.

まず,科学的実在論とは何かについて,まとめ:

1)世界はあらかじめ構造や秩序をもつ.それをうまく捉えたかどうかが問題.つまり世界のありさま(真実)を科学は知ることができるという前提(広義の実在論)

2)あらかじめの構造や秩序があるかどうかは不問.真実は科学によって解明できるかどうかはわからない,あるいはどうでもいい.現象を説明できる理論を構築(反実在論)

社会構成主義は観念論だとの批判があるが,1)の実在論のほうが,ワタシには観念的だと感じる.「あらかじめ~もつ」などというのは,観念以外の何ものでもないのでは?

あらかじめの構造や秩序を,どううまく捉えたか?というが,それを誰が判断するのか.

原因と結果について.ヒュームの懐疑.ふたつの出来事がたまたま続いて起きただけだと考えることは,いつまででも出来る.これは真である.ビリヤード・ボールの例(『秩序を変える』ハリー・コリンズ).こんな単純な例を出すから余計に混乱するのだが,原因と結果については,特に人体や環境など複雑な事例に投げ込むとき,ヒュームの懐疑はかなりまともだということがわかる.

しかし,この懐疑を,むしろ利用するのが,実は権力システムである.

つまり「結果(症状,事例)はあるが,これが原因だとは科学的に解明できていない」といった弁明を補完する理論となる.

これが多くの健康被害,環境被害の悲劇を長引かせてきた.

(ある問題において)何も解明もしていない科学は,(その限りにおいて)万能な存在ではないはず.これが,いや少なくともワタシの主張する第一点.

そうであるならば,「科学的に解明できていない」...ふーん,それで?と言いたい.

原因だと解明できていないのだろうが,原因でないとも言い切れないのだろう?

万能な存在ではないはずの科学に,何故,人々は信を置くのか.これは,これからの興味.

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コメント

こんにちは。
反実在論は、実在不論ともいえませんか?

実在論は宗教的ですよね。
神(真理)を直感してから始まるんですから。

社会構成主義は、社会的に構成されたものを実在として認めないんでしょうか。
なにか世界の中で孤立した自分自身を仮定しているのでしょうか。何にも依らずに、虚無に浮かんでいる一点を仮定しているのでしょうか。
社会的、と呼ぶせいで、なにか軽いイメージがあるように思います。人間の大腿骨も、重力と生活習慣と、いわゆる遺伝情報によって、死んで風化するまでの間、物質として現れていることで、いわば社会的に構成されている、と言えませんか?

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