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2006年10月 9日 (月)

反実在論

知りえないもの.直接に観察不可能なもの(電磁場,クォーク).未知なもの.これらについては,正しいことを言えるかどうか,わからないという立場.

(電磁場,クォークについて詳しくは知らないのだが,放射能は計測器により正しくそのレベルを観測できる.ただ,その健康への影響については未知.これが少なくともワタシの立場)

たとえば静電気という現象.これを「電子」で説明しても,「天使」で説明しても,観察可能な対象を全部説明することができれば,それで問題ない(「天使」というと「とんでも」っぽいが,「クォーク」だって同等.名付けの問題)

なぜなら科学の目的は,真理の探究・発見ではなく,「経験的に十全な」理論を構成することだから.

つまり,正しいかは分からないが,経験的には十分である,ということ.

観察不可能な対象を含む理論をうまく構成して,できるだけ多くの観察できる真理を説明すればいいという考え.とりあえず「現象」に注目して技術に応用し,「何故」かを問わない.うーん,ここまでいくと,どうなんだろう...

「いやぁ...何故かわかりませんが,出来てるんですよ」...みたいな...(ところで,飛行機の原理,何故飛ぶのかということは,実際のところわかってない,というのは有名らしい)

リスク論を当てはめると,どうだろう.

リスク論は反実在論的立場なのか,そうでないのか.それによるな.

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