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2007年9月26日 (水)

リアリティコントロール

@「リアリティコントロールと主体形成」奥村隆(『知とモダニティの社会学』)の要約

「主体」が、リアリティを、構成する。  Ex.読みかえの技法
 →A・シュッツ
But、さまざまな批判と解釈
→リアリティ構成においてつねにすでに「主体」の位置が確保されていることは
社会を静態的にとらえすぎる危険に陥る

リアリティ構成の構図を、この静態的な前提から脱したものにし、
そこから「社会」への別の構想を導く

「主体」が「リアリティ」をコントロール(読み替え)する
→リアリティをある枠の中にコントロールすることで、人は自らの「主体」としての位置を確保しつづける、あるいは「主体」の位置を確保するために、リアリティの自由を制限せざるを得ない。
→「リアリティ・コントロール」が「主体」の位置を形成する

ひとびとのリアリティ・コントロールの営みに接近し、「主体」形成との動態的な構図を抽出すること
→「主体」の位置をあらかじめ前提としない、リアリティ構成の動態的な構図

<H・S・サリヴァンの考察>
考察の焦点として、「安全」と「不安」
「安全」;他者に承認・評価されることによる居心地よさ
「不安」;それが得られないときの不快感
→「不安」を回避または最小化するための「安全保障作戦」←「自己システム」
「自己システム」:他者の評価を先取りした選択的なリアリティ構成の過程。すべての系をリアリティとして受け入れることなどできない。いくつかの系をリアリティから徹底的に隔離する営み。「ヒトという動物が生き永らえるための装備の一部」

「したたかさ」の獲得
「体験から学ぶこと」の忌避

世界に「主体」の安全を脅かす事態が生起するとき、「主体」を守るために自らのリアリティをコントロールできる領域に閉じ込めていく⇒ひとを世界(リアル)から引き離す危険性=世界のなかに私という「主体」にはコントロールしえない領域が残されている
→「他者」;私に統御できない「主体」として存在し残り続ける。他者のリアリティ構成は、どうしても私にはコントロールできない
→コントロールできない他の「主体」の存在---それを前にして自らの「主体」の位置を確保しようとする営み=リアリティ・コントロール

<R・D・レインの考察>
例外なくその人間が生きうべからざる状況を生きるために発明した、とっておきの戦術
「生きうべからざる状況」;存在論的不安定、彼自身と他のひとびとの実在性とアイデンティティについての核心からのゆるぎない感覚が欠如している状況
→「他者」の存在との出会いによって作り出される。他者に見られ認識されること=自己確証と自己喪失のディレンマ
→「内的自己」と「にせ自己」の分裂
「内的自己」;客体化される恐れのない、安全な場所。完全な主体の境地。
「にせ自己」;他者に見られる自己。身体化された自己。

<社会への構想>
1.主体形成の対立・葛藤の場としての社会
→リアリティ空間を支配するヘゲモニー、状況定義権の獲得をめぐる対立と葛藤
2.「主体」であろうとする他者同士をうまく折り合わせる社会的装置の発明
→他者の主体を救う(面子を思いやる)儀礼的配慮。少数派の自尊心を満たす複数の場。擬制としての主体を分け与える装置としての社会。
3.他者と出会わないことにより「主体」を確保するひとびとを併存
→対立や葛藤、権力作用を隠蔽。しかしもっとも巧みに社会を再生産している。

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