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2008年10月20日 (月)

放送大学と大学

リンク: isologue - by 磯崎哲也事務所: ソニック・ヘッジホグ.

さっきのポスドク問題、研究環境問題の続きで。

教員って言うからには、「教授」+「研究」が仕事だから、そういう意味では研究以外に、より重要な使命を持っていて、その他一般(企業の研究所とか○○開発機構とかいうもの)に在籍する研究職よりもかなりシンドイ仕事かもしれない。こちらにも書かれてるように人事権まで持ってるんだし。

純粋に個人的に「研究」に勤しみたいんだったら、そんなやっかいな環境は、選択肢から外れると思う。

では、何故アカデミック信仰があるのか。

多くの教員は、「研究に集中したくても出来ない」とブツクサ文句を言うのだが(3年弱の大学事務経験で言ってますが)、ほんとうに「研究のみ」を、仕事として朝から晩まで、年がら年中やりたいのだろうか?やっていられるのだろうか?とワタシは疑問に思っていた。まぁたんなる弱音じゃんと思ってスルーしていたが...。

リンクしたblogのように

大学の授業というのも「情報サービス」である以上、一つのことに関しては「最高の先生による最高の授業」が一つ(とまでは言わなくてもいくつか)ありさえすれば、全国で何十、何百も同じような中途半端な内容の授業を中途半端な先生が教える必要はまったくない

などと書かれちゃってもいいのかね。

まぁ、大学人が「研究しか」したくないのであれば、これは早急に熟考しなければならないね。「研究しか」したくないのであれば、基本的に、大学が学校組織である必要はない。

しかし、個々人の研究(考え)をどう後世に伝えて、どう引き継いでもらうかってことは意外に重要だろう。そして、おそらく「大学で教授する」ということは、それが最も効率的に実現できるということだ。それこそがアカデミックの魅力なのではないだろうか。

その点、研究プロジェクトなどは、個々の単位で大きく緩くつながって、そのグループも自在に姿を変えればいいし。そういうときの大学ってのは(研究者側から言えば)、肩書き効果以上でも以下でもないんじゃないか。

研究プロジェクトでの問題点は実験系の設備なんだけど、最近は施設の共同利用という構想もかなり出てきてるから、大きく動くかもしれないなぁとか思う。

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