吉本隆明のTV観たよ
リンク: なぎのねどこ: 「われわれ」かぁ#more#more.
そういえば、NHK教育での吉本隆明を見たんだった。リンクは以前に書いた吉本隆明メモ(ちなみに現時点の考えはちょっと違う)(違う点は最後の部分-芸術家気取りの広告でいいんじゃないかと現時点では思っている)。
携帯のワンセグで録画したので、途切れ途切れに繰り返し見た。テレビ的な編集シーンが多い。概略は必要だろうが、あんなには必要なかったと思う。
「自分でしてきた仕事が全部ひとつにつながるんだということを話してみたいんです」と、聞いてくれる人は20人でもいいと言っていた彼が前にした聴衆は2000人。
最初に敗戦体験が語られる。東京工業大で化学を専攻していた彼は、前線に送られずに、富山県魚津の化学工場へ徴兵された。
敗戦の玉音放送を銃後で打ちひしがれて聞いた彼は、戦後民主主義の流れに抗うように、独自の思想世界に没頭していく。
言語の「幹」と「根」は沈黙(あるいは独り言)であると彼は言う。コミュニケーションに役に立つ言語は「枝葉」の問題に過ぎないのだと。
これは、おそらく『言語にとって美とは何か』で語られた自己表出と指示表出という概念の話だ。
吉本隆明の批評本によると、自己表出という概念は、初期マルクスの「人間の本質力の外化」という概念から導き出されていることは明瞭らしいが、TVの編集ではマルクスはただ時系列的に並べられた。
以下、耳に残ったキーワードを羅列。
表現は自然と人間の交通路。芸術言語は宿命を指差す。芸術言語は開かれた普遍性。
芸術の価値とは、沈黙にいちばん近いところからでてくる、自分だけにわかるような自己表出にある。
芸術は経済的価値とは無関係。自己表出と自己表出との出逢いにしか、その価値は求められない。
最後に、日本芸術の一形式である俳句に、なるほど繋がった。『カラマーゾフの兄弟』と芭蕉の俳句の、どちらが芸術的かを考えても仕方がない。ただ日本人としては、沈黙に近いところに価値を置くのだと言いたいのか。マルクスの機能主義(労働価値を加えれば加えるほど良くなるのではないか)に違和感をもつ吉本さんには(半分)納得。だって吉本さん自身がかなり機能的だと思うしぃ(笑)
ところで、気になる指示表出についてなんだけど、「言いようがないこと」をどう表出するかについては、要するに、困難なんだよなぁってことしか言ってなかったね。そしてそう、宙を仰ぎ見続けていた吉本さんの首は真後ろにそっくり返って折れてしまうのかと思うくらいだった。
(ここでイトイさんのストップが入ったんだけどね)(編集後記のイトイさんのまとめは要らんかったね)(カメラ目線で語る吉本さんは壮絶だったけどね)
上記リンクした番組のページによると、「僕の本なんか読んでいない人に、どうやったら分かってもらえるかが勝負です。」と。どうだったかなぁ。ワタシも2~3冊しか読んでないけど、分かったのかな。
最後に余談だけど、会場に知人らしき顔を見つけたのだ。それが非常に意外な人で、だからめちゃめちゃ驚いた。
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