« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月

2014年8月31日 (日)

薊を買いました

1410101457437.jpg

いつものように月に一度、志村のためにお花を買いました。(当日のつぶやきはこちら)(毎度、日付誤魔化しすみませんm(__)m)

今月は薊。写真加工ソフトが面白くて、いろいろ弄ってたら、何が何だかな状態になってしまいました。。苦笑
花言葉は。。いろいろあります。真逆のような言葉もある。複雑な花なんですね。

さて、先月24日から今月までの間に何があったかな。
羅列していきますね~(←余裕無しw)

8月16日・17日に、下北沢Quuで行われたメレンゲのワンマンライブで、くぼんげがキミのストラトを弾こうとしたら機材トラブルがあったらしいよ。心当たり、ある?。。あるよね?お盆だものね。。苦笑。。

8月22日に「りきくぼわだしょ」が対バンした弾き語りイベントで、3人ともがキミの曲をカバーしてくれたらしいよ。ちゃんと届いてたかな?。。

8月25日に放送されたNHKの「サラメシ」という番組で、若者のすべてがBGMで使われたよ。いつも観ている番組じゃないのに私は偶然観ていて、あの前奏が流れてきたときは大袈裟じゃなく心臓止まるかと思った。初めて観る番組じゃないけど、2回か3回観たことあるなぁってぐらいの今までは縁のない番組だったんだから。。嬉しかったよ。また観ようと思った。

同じく8月25日、精神科医の香山リカさんが「若者のすべて」について、つぶやいてくれてたよ。私自身のハマった感覚とリンクするところがあって、共感してもらったように思えて勝手に嬉しい気持ちになったんだ。。「ほかのほとんどのことが。。(中略)。。どうでもよくなってしまう」って。最上級の褒め言葉だよ。すごいよ。リンクしておくね。

そう、「若者のすべて」はね、夏の終わりの定番曲になりつつあるみたい。ラジオでたくさん流れるみたい。。油断しちゃいけないんだって。。苦笑。。

今年は特別なのかな。どうかな。

2014年8月 7日 (木)

ロックの詩人 志村正彦展 フォーラム編

遅くなりましたが、「ロックの詩人 志村正彦展」の2日目に催されたフォーラムについて報告したいと思います。記憶が薄れつつあるのと当日メモをまったく取っていなかったので、かなり大雑把な私感になります。間違いも多々あるかと思います。すみません。。

2時間の予定で始まったフォーラム。あっという間に終わってしまったという印象です。とても刺激的な時間でした。

私は行く前から、フォーラムがとても楽しみでした(ここ)。混乱してこんがらがっている私の頭を少し整理できるんじゃないかと期待して。。

何らかの回答を得ようとしていたのです。
問いをはっきりと認識できないままで答えのみを期待してました。

そんな風にこんがらがった私の頭がやっぱり解れたわけではないけれど、ひとつ気づいたことがあります。

それは、前に出てお話された皆さんがスッキリと充実したお顔をされていたということです。有り体に言えば、輝いてた!!

志村のこと、その曲や歌詞のことを語る口調や態度がまったくナーバスではなかったというのは、ナーバスの海をずっと漂い続けている私(;´д`)トホホ…にとってかなり新鮮なものでした。。

とてもいいなと思いました。ほんとうに皆さん素晴らしかった。

お話された方々は多少の違いはあるものの、この日のために資料をまとめたり構成を考えたりして来られたと思うのですが、そういう風に向き合い俯瞰する経験はやはり必要だと思いました(精神安定上w)

主催者の小林さんが、「様々な観点からの志村正彦論があっていい」という意味合いのことをおっしゃってたと思うのですが、まさしく様々な見方があるなぁという点にも目を見開かされました。

あと、ツイッター等でも多くの方が言及されており、また小林さん自身もブログにまとめておられますが(ここ)、フォーラム最後の挨拶で語られた「100年後の未来に残る、残したい。どう残していくかが大事」という言葉に感無量となりました。
私もおぼろげにそうなればいいなぁと考えていたことですが、考えているだけでまったく前に進んでいませんでした。でも私なりにやってみたいと思える勇気をもらったと思います。


さて、前フリが長くなりましたがフォーラムの内容を。。

最初に実行委員の方から、フォーラムの趣旨と全体の流れについて説明がありました。
(あとでお伺いしたところ、偶景webのダブルオーサーのおひとりだとわかりました。「ここはどこ?ー物語を読む」シリーズを書かれておられます)

最初に、フジファブリックをご存知ない参加者も居られるかもしれないのでということで、ライブ映像を3編。

  • メジャーデビュー前夜のロフト「桜の季節」
  • 両国国技館「若者のすべて」
  • 富士五湖文化センター「茜色の夕日」
MCまで含めたもので約30分ほどの鑑賞会。
この映像及びMCの選ばれ方はさすが!と思いました。
これらは志村正彦を語るには欠かせない映像及びMCだと思います。

続いて、同級生の渡辺平蔵さん(フジファブリック初代ドラム)、小俣梓司さんからのメッセージが代読されました。(渡辺さんは当日会場に来て頂ける予定でしたが急遽来れなくなったとのことでとても残念でした)

学生の頃にバンドを結成した時の話やそれにかこつけて遊んだ話、自転車で遠出をしたはいいけど帰る術がなくなって迎えに来てもらった話、甲府のデパートに楽器機材?を買いに行った帰り道にバイクで転倒した話などのエピソードを交えながらで、ほんとうにふつうの男の子だったんだなぁと微笑ましく聞いてましたが、時折、将来の志村正彦を彷彿とさせる情景がありました。

渡辺さんが語ったのは、志村正彦の(音楽への)努力と研究態度がすごかったという話。研究対象を見つける感性、例えば小説や映画などはインプットの量だけでなく質もすごかったみたい。
小俣さんが語ったのは、バンドメンバーで集まった時、皆はすぐには練習せず漫画やゲームに興じるのだけど、志村正彦だけは一人でさっさとギターの練習をしていたらしい。しかもそれが自然体で出来ていてまったく浮いてなかったとか。


それから、高校の美術の先生で担任だった方からのメッセージも代読されました。
進路指導の際に「ミュージシャンになりたい」と神妙な面持ちで告げられた際に「反対する理由なんてなかった。むしろ精一杯やってほしいと願った」という趣旨の記憶が語られました。


次に登場されたのは、ロフトの樋口さん。
マネージャーの大森さんから「茜色の夕日」と「線香花火」の入ったカセットテープを渡された出会いから、縁あってロフトレーベルの第一弾アーティストとして関わるようになった話、連絡手段がないためバイト先のロサンゼルスクラブで取り次いでもらっていたという苦労話など。。あと樋口さんがスピッツの大ファンらしく、第二のスピッツを作りたい的な思いもあったというようなお話もされてたような気がします。
大勢の人の前で話す機会があまりなく緊張されているとのことで、途中で質問を受け付けられたのですが、どなたも質問される気配がなかったので、なんと私、勢いで手を挙げてしまいました。。余計なことをずいぶん喋ってしまいましたが、主旨としては「初期のフジファブリックのライブは今と比べて盛り上がってないように思うのだけど、何故、観客動員数が増えて行ったのか。近くでずっと見ていた樋口さんはどう思っておられたか」みたいなこと。

質問の時にもエクスキューズしたのですが、第一に私がフジファブリックを知ったのはモテキ以降のため、志村正彦を生のライブで観たことがなく実感がわかないということ。第二に、盛り上がってない(ように思う)というのは決してdisっているわけではなくて、むしろそういうバンドが人気を得ていったことに大きな希望を感じるということです。これはもちろん昨今の主にフェスなどで見られる異様な盛り上がりに、もうオバサンはついていけないなぁという思いも込めてだったんですが。苦笑。。

樋口さんはたぶんお答えに大変困ったと思います。苦笑。。
しかし、それからライブでの視線の変化の話をしてくださいました。ライブでずっと斜め方向や遠いところを見て歌っていたのが少しずつ前の観客席を見れるようになったとのこと。

あと、どなたかが別に質問された後だったかもしれませんが、ロフトレーベルで出した2枚のアルバムについて得難いお話を聞けました。樋口さんは志村正彦の作ってきたに対して特に何らかの注文をつけたりアドバイスすることはなくそのまま採用したらしいです。そして、「あの2枚のアルバムは初期衝動がすごい。これまで聴いたすべてのアルバムの中で最高のアルバムだと今も思っている」という趣旨のことをおっしゃってました。私もそう思います。


次にファン代表として2名が登壇され志村正彦の詩の考察を発表。プロジェクターを使っての本格的なものでした。

おひとりは新聞記者の方で、もうおひとりは(おそらく)医療関係の方。
それぞれ志村正彦の詩に向ける視点が面白く、聞き入ってしまいました。

新聞記者の方は、時代背景を絡めてアルバム「CHRONICLE」の考察。
医療関係の方は、使用されている特徴的な言葉の変移からの考察。

内容の詳細は。。すみません。。発表が完璧すぎて情報が多すぎて、このあやふやな状態で報告できるものではありません。出来ればパワーポイントで作られていた資料をもう一度読みたいです。。


最後の発表者は、WEB音楽マガジンBEASTの副編集者の方。
脱線ギリギリの話が気づけば志村正彦論につながっていく。。というような流石な構成でした。

例えば、昨今の軽音楽部の変容について。「けいおん!」の影響もあるのか入部希望者が急増していて、それに伴って環境も急速に整備されつつあるらしいです。中高生向けのバンドコンクールとか顧問の先生方の至れり尽くせりが加速しているらしい。

つまり、志村正彦の上京物語のようなドラマは彼で最後になるのではないか、ロックはもはやアウトローじゃなくなりそう。。という指摘だったと思いました。

あと青春の語源的な話から、志村正彦の曲を青春に分類して語っておられました。面白かったんですが、私は彼の曲から受ける印象は「青春」(という字面)を避けて「朱夏」に直行した感じだと思っているので少し違和感があったかなぁ。。もちろん彼の生きた人生は青春のカテゴリーに入るかもしれないけど。。そんな気がするのです。

以上で発表者の報告は終わり。
あとは、会場からの意見や質問を受け付けてくれました。

内容はよく覚えてないのですが、高校生ぐらいのお若い方が活発に意見を述べられてました。フジファブリックのおかげで夢が見つかったと話して感極まった感じになっている子がいたり。。

あと、富士吉田在住の子が「正直、富士吉田はろくでもないところなんですが志村さんが出身だということで誇りが持てます」みたいなことを言って会場は苦笑。。その後、同じく富士吉田在住のご年配の方に「あとでじっくり話をしましょう」と返されて会場に大爆笑が起きてました。
この最後に話されたご年配の方は、「まーちゃんを抱っこしたことがある」とおっしゃって、会場から羨望のどよめきが。。お父様のお知り合いの方だったようです。


そんな感じで和やかにフォーラムは閉会しました。
最後に主催者の小林さんが今回の企画に全面的にご協力いただいたご両親への感謝の言葉と冒頭でお伝えした100年後の話をされました。

関係者の皆さん、素晴らしいフォーラム、ありがとうございました。
参加できてほんとうによかったです。

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

ツミボンの日々