« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月28日 (日)

デンファレを買いました

1419746235246.jpg

いつものように月に一度、志村のためにお花を買いました(当日のつぶやきはこちら)。

今月はデンファレを。。デンドロビウム・ファレノプシスという学術名が略されたものだそうで、Wikipediaにはデンファレ系となっていました。

四大洋蘭のひとつの属であるデンドロビウムと、コチョウラン属を意味する学術名ファレノプシスが合わさっていて、どうやら花の名前というよりも群の名称のようですが、花言葉はありました。

「お似合いのふたり」「魅惑」「有能」「わがままな美人」。。



さて、今年の命日は富士吉田に行けませんでした。

家を空けれない事情が発生しました。どうにかできないかといろいろ考えましたが、やっぱりどうしても無理だと思い断念しました。


だけど今年も、

夕方5時のチャイムは「茜色の夕日」に変わったようで、
くぼんげと樋口さんと曽根さんが22日に行かれたようで、
メンバー3人と大森さんと今村さんが24日に行かれたようで、
富士山は最高の姿を見せてくれたようです。

よかったね志村。ほんとうによかった。


2011年に開催された第一回目の「路地裏の僕たち」の時、三回忌という大切な区切りだったのに、メンバーや事務所から何のメッセージもなくて、ホントに心底がっかりしたことを思い出した。メッセージは難しくとも、お花ぐらいは届けられるよな。。って悔しかったことを思い出した。

あぁそうか。。振り返れば私、あれからひねくれちゃったんだ。苦笑いされるかもしれないけどいつまでもいつまでも思い出してしまう。。


そうだね、
10周年を迎えて、ようやく気持ちの整理がついたのかもしれない。
それで、武道館の大舞台で一気に「告白」まで出来たのかもしれない。

嬉しかったかい?嬉しかっただろうってみんな言ってるよ。


何年経っても考えちゃうんだよ。。キミのいちばん聞きたい言葉はなんだったのだろうって。

最後の願いはなんだったのだろう。フジファブリックがやっぱり好きだったのかな?まだまだ続けたいと思ってくれていたのかな?って。。

考えちゃうんだよ。

何年経っても、やっぱりキミのことを。

2014年12月21日 (日)

無題

※年末棚卸しちう。今年行ったライブを慌てて記録。そして物思い。

2014年11月2日にZEPPなんばで行われたフジファブリックLIFEツアーに行ってきました。

フジファブリックのライブに行くのは2012年の徒然流線ツアー以来のこと。。あれ?意外と途切れてないな。期間は一年半ほど空いただけか。。もう少しご無沙汰してると思っていたよw

何で急に行く気になったのかというと、やっぱり10周年だからということが大きい。

ツイッターで流れてくるライブの感想を読み、このツアーはメンバーからファンと志村への告白ツアーなのではないかというような話を読み、このブログにコメントをくださった方も10周年だからきっと特別なものになるだろうということをおっしゃり。。

フジファブリック熱が再熱するのならそれでもいい、むしろ再熱できるのならばと淡い期待を抱えつつ、でもまぁ半分ぐらいは区切りをつけたいような気分でした。


そうだなぁ。。ワタシは行けなかったけど、確かに武道館だけは特別だったのかもしれないと思う。いろんなレポ読んでると、あの会場はカタルシスの極致だったんだろうなぁと想像する。

だって、あの武道館に志村の声が響いたなんて想像しただけでさぁ。。泣くよね、泣いてしまうよね。。(「あの」とか言いつつ武道館に行った事のないワタシですが)

そうして、ある意味すっきり出来たのかもしれないな。少しうらやましい気もする。


一方で、可能ならば、ずっとそうやって志村の声を流しててよ。。と思った人は今回はどれくらいの数いたのだろうって考えたりする。

以前にも一度あったんだよね。
志村の声に合わせて演奏するっていうアイデアは武道館が初ではなくて、やったことあるんだよねモテキイベントで、「夜明けのBEAT」で。

あのときは、こんなことが可能ならば、ずっとそうやっててというつぶやきが多かったように思う。ワタシももちろんそう思ったしブログにも書いた。2012年のこと。

志村曲は聴きたいが聴きたくないというアンビバレントな欲望が自覚されて、どうにもできず為す術がない状況に、私自身はむしろ志村曲を封印してくれた方が気が休まるのかと思ったりもした。

そして、夏フェスで総くんが「忘れないでほしいメンバーがいます!」と言ったことに、何言ってんの忘れるわけないだろっつーの、と毒づいたりもした。(多くの方は感激するシーンでw)

そういう病んだファン心理(というかワタシw)を知ってか知らずか、2013年は志村曲が激減した。

セットリストのデータをざくっと確認してみると、2012年の二つのツアー(徒然流線とLight Fight)では、半数以上あった志村曲が、2013年のツアーでは3分の1以下(VOYAGERツアーでは21曲中6曲、しかもうち3曲は共作)になっている。

もちろん、新譜を引っさげてのツアーで、志村曲、つまり以前の曲を半数以上やるというのは、どう考えても無理がある。2012年のツアーではただ曲が足りなかったから志村曲を使ったというだけなのだろう。

フジファブリックはとっくに新しいバンドになっていたのだ。

2013年にはついに一曲も志村曲をやらなかったフェスもあったと記憶している。にも関わらず、フェスで志村曲ばかり求めるような観客に違和感があるなどと指摘する記事が出てきたりした(この記事内の懐メロバンドという言い方ひどすぎだよね怒)。。この頃の雑誌インタビューでは「決別」というキーワードがけっこう使われていた。


だけど今回、あるいは今年、時間は逆戻りした。

「フジファブリックが好きだから」「志村君が好きだから」の言葉があふれた2014年のツアー。。

武道館での演出について公式に説明されたのは、「志村君と一緒に10周年の記念の武道館に立ちたかったから」ということだった。必要十分な理由。

10周年を考えるときに、10年を振り返るときに、どうしても欠かせない曲たちがある。なかでも「茜色の夕日」は、これが演奏されない10周年ライブなんて考えられないぐらい大切な曲だろう。

数名のフォロワーさんがつぶやいていた。この曲だけは総くんが歌うのに抵抗があった。だからあの演出は嬉しいと。。

すべての志村曲に総くんボーカルが抵抗あるワタシ(すみませんw)からすれば「茜色の夕日」だけは特別という心理はわかるようでわからない。

今回のLIFEツアー大阪のアンコールで、総くんボーカルで歌われた「陽炎」を初めて聴いて、特になんの感情も沸き起こらなかった自分にショックを受けた。意識をシャットダウンしたのだろうか。実はあまり記憶もない。。

私はやっぱり志村の「声」で歌われる「陽炎」が聴きたいのだ。。言ってもどうにもならないこととわかっているけど聴きたいのだ。


だから、志村が武道館でリバースしたのはやはり単純に嬉しい。
たとえ「声」だけの存在としてでも。。

そして、切ない。
今回は特別なんだろう。。と思うから。

と同時に、悔しい。
早く私を諦めさせてほしいと思うから。。

そうじゃないと、初音ミク形式にすればいいんじゃないかとか、アンドロイドを作ればいいんじゃないかとか、いろいろエスカレートした妄想しちゃうよ。しちゃうんだよ。


じゃあ、どうすればいいんだろうか、これからのフジファブリックは。
どうすれば納得するんだろうか、私が。。苦笑。

今いちばん思っているのは、志村曲を若手がカバーするトリビュートアルバムを企画して出してくれないかなってこと。

もちろん志村の声で聴きたい。それは変わりないけど、それがどうしても無理なのであれば、いろんな声で聴いてみたい。「若者のすべて」だけでなく。

もちろん「フジQ」ではさまざまなアーティストは歌ってくれましたが、今度はアレンジ含めて、いろんな方がカバーしたものを聴きたい。

そして、今のフジファブリックには卒業してほしいのです。志村から。
忘れられたときに、ライブに行って、私が「また会える」かどうかはわからないけども。。


夏はたぶん簡単には終わらないから。。

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

ツミボンの日々