カテゴリー「レポート・メモ・コトバ」の投稿

2015年6月 8日 (月)

LOVE LETTER

※昔々のノートを処分しようかどうしようかと思案してますが、おもしろかったのでとりあえずアゲ。10代後半?、かなり妄想してるなぁ。笑。

6月に入りました。最初の日曜日です。

わたしは今日一日、たったひとりで、
昼寝のみしておりました。
クーラーをつけて、窓を締め切って
死んだように眠る。(BGM SAS)
目覚めてこれを書いております。
その間、テレビを観て夕飯をいただいて
という行為はございました。
まぁ良い日曜ではなかったかと思います。
わたしは元来アウトドア思考の人種ではございませんので
部屋にパソコンなんぞもしあったなら
夏中、クーラーをつけた部屋で熱中するであろうと思われます。(BGM PLAYERS)
もし、あなたが恋人になってくれたら
わたしの、わたしにとってくつろぐ部屋で、
クーラーをきかせて、一緒にゆっくりと、パソコンなんぞ楽しみましょう。
あぁそれから、ビデオで良い日本映画を観て、
暗い描写のことをこてんぱんになじってみてください。
わたしは日本映画の支持者ですから、あなたと討論にでも
なって、ふたりとも熱が入ってしまって、つかみあいの喧嘩に
なって、それでもみ合ってる最中に、あなたがずうずうしくもわたしに
口づけなんてするのです。それでもわたしはそこらの女の子みたいに
かわいい性格ではないので 醒めてしまって白けてしまって
パソコンのピコピコデジタル音が響く 気まづい雰囲気へと突入する。(BGM STEPS)

あなたが好きだとは思うけど。

2009年12月 9日 (水)

「公共性」とは何か。

講義を聴いてのレポートだったわけだけど、講義の内容なんて、これっぽちも入ってない。冒頭に二~三行ほどでばっさり切り捨て。当然、評価も悪かったと思う。

そんな駄作をネットにさらすワケは、あずまん(東浩紀氏のことをワタシは勝手にこう呼ばせてもらっている)が、最近ルソーについて語っていて、それがとても興味深く共感できるものであり、さてワタシ自身はどんなことを考えていたかなぁと意識をほじくりかえしてみたかったので。このレポートは熟考(deliberate)でも何でもないけど。

あずまんのつぶやきはこちら→ @hazuma 7:56 AM Dec 7th

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2009年3月24日 (火)

ドラマツルギー/役割

必然性というのは、自立した概念なんだ。それはロジックやモラルや意味性とはべつの成り立ちをしたものだ。あくまで役割としての機能が集約されたものだ。役割として必然でないものは、そこに存在するべきではない。役割として必然なものは、そこに存在するべきだ。それがドラマツルギーだ。ロジックやモラルや意味性はそのもの自体にではなく、関連性の中に生ずる。(『海辺のカフカ』村上春樹)

全世界は劇場だ。すべての男女は演技者である。人々は出番と退場のときをもっている。一人の人間は、一生のうちに多くの役割を演じる。(『お気に召すまま』シェークスピア)

2008年8月20日 (水)

彼らの心を壊したのは何か?~脳と環境ホルモン・少年犯罪の性差についての生物学的観点からの一考察~

一回生のときのレポートだからなぁ。素人だし。結論も酷い。生物学的な部分も思い違いはかなり多いと思うが、とりあえず。

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2008年8月 6日 (水)

『「聴く」ことの力』より

抜粋していきます

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2008年7月31日 (木)

鍵の話

本質は(これまでの経験から)判っていても、それが正解とは思われないように、思考が日々修正されてしまうような状況がある。

本質に到達するためには「鍵」が必要であり、そこをブレイクスルーすることは、経験知でわかる本質を見出すよりも、おそらく難しい。

2008年7月24日 (木)

「生命の倫理」か「生命の優越」か

そっか、医療技術の革新は、世界戦争を追い風にしてきたんだったよな~。

iPS細胞がガン化するって話よりも、さまざまな臓器が代替可能になるってことのほうが、実質的に、人間ステイタス的に怖いことかも。以前にも書いたけど、攻殻機動隊の世界に近づくんだね、素子ひゃん。

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2008年7月12日 (土)

「われわれ」かぁ

戦争責任と「われわれ」―「「歴史主体」論争」をめぐって (叢書 倫理学のフロンティア) の要約、一部抜粋

ところで、内容とは全く関係ないんだけど、この本が吉本さんをめぐっての論争から始まっているので、少し吉本さんについてメモ。

ワタシは吉本隆明の著作をそれほどしっかりと読んだわけではないが、80年代後半に広告業界にいたワタシのあり方の根本をなしたのではないかという気がする(「広告批評」などにしょっちゅう出てきたので)。

吉本さんの学問的態度は(私が把握するところでは)まず、どんなにすばらしい外部の思想を持ってきても、それが日本の大衆に伝わらなければ意味が無いというもので、私はそれに非常に共鳴したんだけど。

大衆に伝わっても、販売に繋がらなければ意味が無いという「資本主義の論理」に広告業界は悩み続けてきたわけだが、その悩みから一時的に解放されたのが80年代広告業界であり、つまり広告を打てば、何だって売れる時代だったわけだ。そういった「ありえない幸福」のなかで、いくら「糸井君は資本主義の論理を超えた。広告の存在意義を自己否定するコピーだ」(吉本)と称賛しても、今となれば何か虚しい気がするのは否めない。

売らなくてもいい広告というのは幸せだ。結局は広告人もパトロンを探しているのか。いつの時代の芸術家だよ。

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2008年7月 7日 (月)

情報と都市~カステルの所論をめぐって

カステルって誰?


という疑問は置いておいて。Photo


←山形さん翻訳の共著書





こちらは、たまたま見つけた本をネタにしたレポート。

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「資本主義の精神」と欲望の構造~近代合理性の検討

『プロ倫』に取り組んだレポートを懐かしくて読み返した。

ふーむ。

大塚さんじゃなくて、山之内さんの説を検討してるみたい。

なんか読めば読むほど、ワケわかんないことになってる。

ん、でもま、とりあえずアップしとこう。

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