「われわれ」かぁ
戦争責任と「われわれ」―「「歴史主体」論争」をめぐって (叢書 倫理学のフロンティア) の要約、一部抜粋
ところで、内容とは全く関係ないんだけど、この本が吉本さんをめぐっての論争から始まっているので、少し吉本さんについてメモ。
ワタシは吉本隆明の著作をそれほどしっかりと読んだわけではないが、80年代後半に広告業界にいたワタシのあり方の根本をなしたのではないかという気がする(「広告批評」などにしょっちゅう出てきたので)。
吉本さんの学問的態度は(私が把握するところでは)まず、どんなにすばらしい外部の思想を持ってきても、それが日本の大衆に伝わらなければ意味が無いというもので、私はそれに非常に共鳴したんだけど。
大衆に伝わっても、販売に繋がらなければ意味が無いという「資本主義の論理」に広告業界は悩み続けてきたわけだが、その悩みから一時的に解放されたのが80年代広告業界であり、つまり広告を打てば、何だって売れる時代だったわけだ。そういった「ありえない幸福」のなかで、いくら「糸井君は資本主義の論理を超えた。広告の存在意義を自己否定するコピーだ」(吉本)と称賛しても、今となれば何か虚しい気がするのは否めない。
売らなくてもいい広告というのは幸せだ。結局は広告人もパトロンを探しているのか。いつの時代の芸術家だよ。
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